空の境界

読み終えた後、久しぶりにカタルシスを味わえた作品。
なのだが、実はレビューを書くつもりはなかった。
本当に大好きな作品であることは確かなのだが、それをうまく言葉で伝えられる自信がなかったし、何より読み手を選ぶこと、感覚に訴える部分が多すぎて、とてもレビューの書きにくい作品であると思っていたから。
だが、私自身、奈須きのこ氏の大ファンであり、先日行ったアンケートでもかなりの方がレビューを希望していたので、玉砕覚悟で挑もうと思う。
この無謀な試みを笑ってスルーできる方のみ、しばしお付き合いください。
”新伝綺”と銘打たれてはいるが、中身は実に正統的な血脈の流れを汲む伝奇小説。
「痛覚残留」と「矛盾螺旋」はまさにそれを地で行っており、テンポも良く、非常に読みやすい。
だが、「矛盾螺旋」は「空の境界」というストーリー群の中で根幹を担う話でもあり、それまでには小出しにされてきた世界観が、さらに圧倒的な質量を伴って読者に襲いかかる。
この小説の売りの一つでもある緻密な世界観は、どうしても文中では説明的になってしまうきらいがあるが、ゲームや漫画といった、いわゆるオタク文化に慣れている人なら、たぶんさほど苦痛にはならないだろう。
だが、純粋な文芸畑の人が初めて手に取るこの手の本としてはかなり不向き。
どっぷりオタク文化に馴染んだ人間ですら、時に難解な設定に混乱を余儀なくされることしばしば。
まずこの段階で投げ出してしまう人、多数いるんじゃないだろうか。
今レビューは、それでもめげずにエピローグまで読破できた方を対象にしています。
読み始めからしばらくは、膨大な情報量と錯綜する時系列に翻弄されがちなのだが、最終章が佳境に入った頃からエピローグに差し掛かると、もう息が詰まるくらいに加速する切れ味に全身の皮膚が粟立つ。
作中はあくまで静かな場面であるのに、だ。
読者を圧倒せずにはおれない作品が持つオーラというのは、打ち倒されるほど激しい熱風か、まるで鋭利な刃物のような寒波との二通りあると思うのだが、この作品は後者。
吐く息すら凍りつきそうな、冷たく澄み切った空気のただ中に、たった一人で佇んでいるような凛とした厳しさと緊張感がある。
かといって湿っぽさは一切なく、どこまでも無色透明でがらんどうなイメージは、まさにタイトル「空の境界」にふさわしい。
私は、ライトノベル・同人系にありがちな、「自キャラ萌え」や商業発表した自分の作品の同人誌を自分で作るような手前味噌な行為も、度が過ぎれば興ざめしてしまう質だ。
だが、それ以前に、作者が自分の作った世界観を大事に思わず、その作品世界を単なる表現の道具として使い捨てることの方を不快に思う。
(庵○秀○監督とかね。私がエ○ァを高く評価できない理由がこれ)
しかし、奈須氏はこの辺のバランス感覚が非常に優れているクリエーターだと感じた。
同人作家にありがちなこういう傾向や、途中で突拍子もない方向から現れる後付け設定もなく、あくまでも道を見失わずに一つの世界観をきちんと貫き通している。
そして、その冷静な意志の元に閉じられたこの物語にある種の美しささえ感じる。
しかも、その世界観が緻密に強固に編まれているもんだから、一度その固有結界に捕らわれてしまうと、脱出はもはや不可能。
かくして、ドツボにハマった人間の末路がこれ。
ラスト、一見幸せな予感に満ちた最終章を終え、エピローグ「空の境界」へと読者は進む。
そして、そこであまりにも切なく、だがある種の爽快感すら覚える喪失を体験する羽目になるに違いない。
(日本語変ですが、本当にそうなんだよ……たぶん)
起源が「普遍性」である黒桐は何も望まない。何も得たがらない。そして何一つ、得られない。
それが、彼が惹かれた少女とようやく邂逅し、そして永遠の別離になるときでも。
式は自分の「虚無」を黒桐を得ることで満たすことができるけれど、何も得ない黒桐は今後も空っぽであり続ける。
そして、その自分に疑問も不満も抱きもしない。その状態は「幸せ」で、彼は何も望まないのだから。
それが、この一文に集約されている。
ああ、それは――。
「なんて、孤独――」
この鮮やかすぎるエピローグに、私は寒気すら覚えた。
誰の幸せも壊していない。でも、この心の隙間は埋められない。
それこそ作中何度も登場する「 」であり、たぶん、多数の読者が分かっていたようで分かりきれなかった感覚だ。
それを、この大ラスで味わわせてくれるとは。
このキレ。構成。破壊力。クセになる人にはたまらない中毒性があることを忠告しておきます。
いやホント、「きのこ中毒」って死に至る病になりえますから。(それは毒きのこだよ……)
ちなみに、「月姫」「Fate/stay night」プレイ済みで今作未読の人。
上記ゲームが気に入ったなら、ぜひ読むことをお勧めします。
オーバーラップする世界観を、別角度からの切り口で味わうことができてとってもお得間違いなし。